デス・オーバチュア
第170話「いまどきのヴァンパイア」




太陽の光が燦々と降り注ぐ緑の芝生の上に、髪も瞳も黒一色、黒いロングコートの十代前半の少年が寝転がっていた。
「……随分と好き勝手に蠢いているみたいだな……」
少年は目を瞑ったまま、一人呟く。
「まあ、今回はこちらから出向く必要はないか……無視されたらされたで別に構わない……」
赤の魔王、吸血王ミッドナイトの仮初めの姿である『ナイト』は、大きな欠伸をした。
「吸血鬼は薄暗い地下室の棺の中で眠るものなの……天気のいいお外でお昼なんて邪道なの……」
突然現れた人影が、ナイトの顔を日光から遮る。
「やあ、愛らしい看護婦さん、お昼休みかい?」
ナイトは目を開けるまでもなく、現れた人影の正体を看破した。
スカーレット……深紅という名を持つ機械人形。
彼女は日傘を差して、足下のナイトを見下ろしていた。
ちなみに、ナイトは彼女のことを看護婦と呼んだが、今の彼女は別にナース服など着ていない。
着ているのは黒一色の人形のような可愛らしい洋服……つまり、彼女のお気に入りの私服だった。
「仕事は飽きたの……人手は余っているの……普通の治療はつまらないの」
スカーレットは、ナイトの隣にちょこんと腰を下ろす。
「なるほど、普通の病院として運営する分には君はいらないわけだ……いや、君の方が必要としないのか……」
ナイトはゆっくりと目を開けると、深紅の機械人形に視線を向けた。
「……暇なの……退屈で機能停止しそうなの……」
人形のように可愛らしい容姿……いや、人形(作り物)だからこそここまで可愛らしいのだろう。
「もう一ヶ月なの」
「……ん?」
「ずっと、あなたここに居るの……何もしていないの……」
「ああ……」
ナイトはようやく、スカーレットが何を言いたいのか解った。
彼女はナイトに質問しているのだ、何の目的でいつもここにいるのかと……。
「そうだね、半分寝ていて、半分考えているのかな……?」
「……考える? 何をなの?」
「今後の予定ってやつかな? 何をしようか、どんな感じでやろうか……考えることはいくらでもある……まあ、結局まとまらないんだけどね」
「それじゃ、時間の無駄なの……」
「そうでもないさ、思考するのは……充分に楽しめる時間の潰し方だよ。娯楽と言ってもいい、一種の論理的シミュレーションってやつだね」
「……シミュレーションゲーム? 頭の中で? それはただの空想、妄想なの……」
「否定はしないよ」
スカーレットの指摘に、ナイトは口元に気障な微笑を浮かべた。
「まあ、結局何をしているのかと言ったら、ただの時間潰し……待っているんだよ、自分の出番を、何かが起きるのをね」
「それじゃ受け身すぎなの、自分から行動しなきゃ何も始まらないの」
「行動? 例えば?」
「遊びに行くの! 寝ているだけ、考えているだけより、そっちの方がきっと楽しいの」
スカーレットは子供らしい(外見に相応しい)無邪気な笑顔を浮かべる。
「確かにそうだね。でも、今の俺は遊びに行きたい所も……いや、したいことも別に何もないんだ」
「だったら、それを捜しに行くの! 目的を捜すことを目的にするの! 何もしないでじっとしているのは、機能停止しているのと変わらないの!」
「なるほど……君の言っていることは全て正しいと思うよ」
ナイトは芝生から上半身を起こす。
「では、スカーレット、暇人同士、一緒に遊んでもらえますか?」
ナイトはスカーレットに片手を差し出した。
「もちろんなの。でも、その前にあなたはする事があるの」
「何かな?」
「約束したの……私の新しい名前考えてくれるって……」
「ああ……そうだったね……じゃあ、ル……」
「赤を意味する言葉は駄目なの」
「んっ、そうか……じゃあ、ロ……」
「赤いモノの名前も駄目なの」
「…………」
スカーレットは、ナイトの思考を先読みしたかのように、発言を即座に潰してしまう。
「それじゃあ……なんてのはどうかな?」
ナイトは、スカーレットの耳元に顔を近づけると、小声で囁いた。



「……ふう、危ないところだったぜ」
赤月魔夜は、安堵の息を吐く。
クリアの街を歩いていて、偶然発見してしまった『父親』から、なんとか相手に気づかれずに離れることができたからだ。
いや、本当に気づかれなかったのだろうか?
ただ単に、今は隣にいた少女の相手をするのを優先したかったので、見逃してもらえただけ……という可能性もあった。
「どっちにしろ、まだまだ捕まりたくはないぜ」
安全のため、もっと離れた方がいい気がする。
まだこの街に着たばかりで、もう少しこの街を味わい尽くしたかったが……この街は……クリア国はさっさと立ち去るべきかもしれない……と魔夜は思った。
「…………」
そう思いながらも、どこまで逃げても無駄だという自覚もある。
実際、自分は見逃されている、泳がされているだけなのだ。
アレがその気になれば、どこに居ようが、強制的に瞬時に連れ戻される。
アレにとって、今はただ単に、魔夜の必要性……用がないから、好きに行動させているだけなのだ。
「ちっ……」
アレの『娘』……『道具』であるという逃れられない『宿命』を思い出し、魔夜は舌打ちする。
ミッドナイトは魔夜にとって紛れもなく『親』だが、人間のような意味の親ではなかった。
血を吸われた相手……より正確に言うなら血を分け与えられた『主人(マスター)』なのである。
その血の支配力は絶対的だった。
口ではどれだけ反発しようが、本当の意味でアレに逆らうことは、支配から抗うことは決してできない。
自分は『身』も『心』も完全にアレの支配下にある……アレのためだけに存在する『物』に過ぎないのだ。
「所詮、偽りの自由かよ」
主人の気まぐれで与えられている仮初めの自由、いつ取り上げられるか解らない儚き自由。
「だからこそ、とことん楽しませてもらうぜ」
この自由が終わる時までに、この地上を全て『味わい尽くして』やるのだ。
「……あん?」
街路を歩いていた魔夜は、五感……特に嗅覚と触覚に強い刺激を感じ取る。
人混みという程ではないが、魔夜以外にも街路を歩いている人間はかなり居る……その中に一人だけ『浮いている』者がいた。
黒のタートル(首に沿って筒状に伸びた襟のシャツ)とジーンズ(丈夫な細綾織りの木綿布のズボン)、赤いジャケットを羽織った二十歳前後の女性。
綺麗な茶髪のストレートロング、スラリとしていて女性にしては背は高め、それでいて胸だけ豊満だった。
「肉付きが良いんだか、悪いんだか、解らない奴だぜ……」
胸以外は喰い応えがなさそうだ……いや、別に食人の趣向は『あんまり無い』が……。
女は自然に魔夜の方に近づいてくる、魔夜も別に歩みは止めず歩き続けたままだ。
そして、二人は擦れ違う。
「…………」
魔夜はそのまま数歩歩いた後、立ち止まって息を吐いた。
女の方はそのまま立ち止まらずに遠ざかっていくのが、気配と足音で解る。
「……あんな変な人間がいるのかよ……?」
魔夜は女の気配が関知範囲外まで遠ざかったのを確認すると呟いた。
そう、あの女の気配は全然強くない。
普通の人間レベルの存在感、そして臭いもこれ以上なく混じりっけのない……純血の人間の臭いだ。
今時、不自然なまでに、ただの人間なのである。
ただの人間といっても、普通は神属か、魔属のどちらかに偏った力(とよぶには微量な波動)を持つものなのだ。
けれど、あの女は神属と魔属の要素がコンマの数までピッタリ半分ずつ……理想的なまでに完璧な人間(無力者)なのである。
「……なのに、なんでこの私が怖がらなきゃいけないんだ……!?」
ただの人間に、父親である吸血王と互角……あるいはそれ以上の本能的な恐怖を感じるなどありえないことだった。
恐怖……強さの正体が解らないからこそ、なおさら恐怖が増す。
「……ミッドナイトといい……ここは化け物が集まる街かよ……ん?」
魔夜の嗅覚と触覚が新しい気配を捉えた。
さっきの女のような不気味で恐ろしいものではない。
この気配は覚えがある……懐かしい良い臭い……とても美味しそうな血臭だ。
「なるほど、ミッドナイト……『お父様』がこの街にいるわけだぜ!」
魔夜は臭いの正体を正確に思い出すと、物凄い勢いで駆けだす。
魔夜は、常人の目では姿を捉えられない程の速さで、黒い疾風のごとく街路を駆け抜けていった。



黄昏時。
「お帰りなさいませ、お嬢様……」
いつものようにクロスを出迎えようとしたファーシュが、ほんの一瞬だけ停止した。
別に機能停止したわけではない、予想外のモノが彼女の『お嬢様』に付いていたので、少しだけ、一瞬だけ驚いただけである。
「そちらはお客様ですか?」
ファーシュは、すぐにいつも通りの落ち着いた態度で対処した。
「まあ、お客というか……なんというかね……」
クロスの返答は歯切れが悪い。
「…………」
ファーシュは、改めて、お嬢様に付着しているモノ達に視線を向けた。
「……へぇ〜、可愛いお人形さんだね」
クロスの腰の辺りに掴まっているのは、青いメイド服のような可愛らしい洋服の幼い少女である。
不可思議な青銀色の髪と瞳が特徴的だ。
「…………」
まあ、この少女もかなり怪し(妖し)かったが……それ以上に気になったのは、お嬢様の背中に貼りついているモノの方である。
「よう、お邪魔するぜ」
まるで、そこが自分の特等席だと言わんばかりに、赤みがかった金色の十三歳ぐらいの少女がクロスの首に背後から抱きつくようにぶら下がっていた。
蝙蝠の翼のよなボロボロの長いマントの下に、赤みがかった黒と薄赤い白でデザインされた、リボンやフリルの多い可愛いらしいエプロンドレスを着ている。
「……なあ、やっぱり、ちょっとだけ吸っていいか?」
少女の口元で二本の犬歯……いや、『牙』が妖しく光った。
「なあ!? 駄目って言ったでしょう! 吸う気なら降りなさいよ、この……!」
クロスは体を揺らして、少女を振り落とそうとする。
「おお、本当に活きのいい御飯だぜ〜」
しかし、少女の方は乗り物に乗って燥(はしゃ)ぐ子供のように楽しげだった。
「誰が、ご飯よ!?」
「じゃあ、ディナーと言い直すぜ! いただきま……」
少女が、クロスの首筋に、鋭い二本の牙を突き立てようとする。
だが、牙が突き刺さるよりも速く、爆音と共に桜色のモップが少女の顔面を打ち抜いた。
「つっきゃあああっ!?」
ハエタタキで叩き落とされた蠅のように、少女が床に墜落する。
「なるほど……よく解りました」
「痛てぇ! 顔が、顔が潰れるぜ!」
少女は顔面を両手で覆ってのたうち回った。
「お嬢様にも困ったものです……吸血鬼ばかりにお好かれになって……」
ファーシュはモップの先端をハンマーへと付け替える。
「害虫駆除!」
「げっ!?」
迷うことなく振り下ろされたハンマーを、魔夜はギリギリで床を転がって逃れた。
外れた一撃によって、床が盛大に陥没する。
「お嬢様にまとわりつく害虫は……私が全て抹殺します……天誅!」
「だあああっ! 逸るな、この人形!」
ボロマントが独りでに少女を守るように全身を包み込むが、ファーシュは構わずに、マントごと少女をボールのようにかっ飛ばした。
「げはあっ!?」
かっ飛ばされた少女が激突した壁が派手に砕け散る。
「い……痛てて……ひとが低姿勢でいれば調子に乗りやがって……」
少女は背中から二丁のハンドガンを取り出した。
ファーシュが少女に追撃をかけようと迫る。
「これでトドメです! 天……」
「格の違いを知りやが……」
「何をやっている!」
ファーシュがハンマーを振り下ろし、少女が引き金を引く直前、漆黒の大鎌が二人をまとめて叩き伏せた。
「姉様!」
「……まったく、家を壊す気か……?」
二人を止めたのは、漆黒の大鎌『魂殺鎌』の持ち主タナトス・デッド・ハイオールドである。
「……も……申し訳ありません……お嬢様に近寄る害虫の駆除につい夢中になって……」
「ああっ? 害虫はないだろう、害虫は……吸血鬼は蚊じゃねえ!」
ファーシュと少女は、魂殺鎌で叩かれた頭部をさすりながら、立ち上がった。
「……お前はいつかの……?」
「……よっ、久しぶりだぜ。しばらく世話になるから、よろしくな」
「なっ!? 何を勝手なことを……」
ぬけぬけと吐(ぬ)かす少女に、ファーシュが再びハンマーを振りかぶる。
「……クロス、お前が連れてきたのか?」
タナトスは、少女に詳細を追求せずに、代わりにクロスに尋ねた。
「あ、うん……連れてきたというか、勝手に付いてきたというか……何か、あたしの血が目当てみたいでさ、この吸血鬼……」
「……そうか……」
タナトスは少女に視線を向ける。
「ふむ……クロス……」
タナトスはしばらく少女を凝視した後、再びクロスに視線を戻した。
「何、姉様?」
「ちゃんと面倒を見るなら、飼っていいぞ……」
「はいいいいっ!?」
クロスが驚愕の声を上げる。
「おう、話が解るぜ〜♪」
「……私はもう眠る……夕食はいい……」
「ちょ、ちょっと、姉様!?」
「じゃあ、居候記念に一口! 一口だけいいだろう?」
「まだ、懲りませんか!? お嬢様、やはりこの害虫潰しましょう!」
「……詳しい話は明日にしてくれ……今は眠い……」
タナトスは、三人の良くも悪くも賑やかな声を背中に受けながら、廊下の奥へと消えていった。











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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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